2023年に観たフィリピン映画

【Virgin Forest】2022年

監督：ブリランテ・メンドーサ
キャスト：シド・ルセロ、ヴィンス・リロン、アンジェリ・カーン


　フォトジャーナリストのフランシス（シド・ルセロ／SID LUCERO）は、世界最大の花であるラフレシアの写真撮影を市長から依頼され、森の中の道を熟知しているロジャー（ヴィンス・リロン／VINCE RILLON）という若者をガイドとしてつけられる。
　ロジャーとともに森の中に踏み込んでいくフランシス。森の中でふたりはジナ（ロブ・グイント／ROB GUINTO）という村の娘に出会う。ジナはかつて、ロジャーに騙されて売春宿に売り飛ばされ、いれかわりたちかわり何人もの男に犯され、ついには頭がおかしくなって売春宿を放り出され、森の中をさまよい続けるようになっていたのだった。
　実はその森の奥では樹木の違法伐採がおこなわれており、違法伐採業者を相手とする売春宿があり、ロジャーはその売春宿に何人もの娘たちを売り飛ばしていたのだった。
　森の中を歩き続けるフランシスとロジャーを、不思議な存在がずっと見つめ続けていた。不思議な雰囲気を漂わせた半裸の女性（ミカエラ・ラズ／Micaella Raz）で、人間には見ることのできない森の精霊を思わせる存在だった。
　森の奥深くにテントを張りひと晩を過ごすふたり。だが、眼が覚めてテントを出ると、そこは前の晩にテントを張ったのとはまったく別の場所だった。不思議な体験をしたフランシスとロジャーは、森の中で迷い、さんざんさまよったあげく、違法伐採の現場に遭遇する。フランシスは違法伐採とは知らずにその写真を撮るのだが、ライフルで脅かされて写真を削除させられる。さらにふたりは売春宿から逃げ出してきたアンジェラ（アンジェリ・カーン／ANGELI KHANG）という娘に遭遇するが、ロジャーはガイドの仕事を放り出し、娘を売春宿に連れ戻す。違法伐採の現場を目撃し、女性を監禁して売春させている現場まで見てしまったフランシスはアンジェラとともに監禁されてしまう。
　その夜、ふたりが監禁された小屋の前に森の精霊が現れ、見張りにつけられた男は巨大な蛇に巻き付かれて命を落とす。そして、そこに現れたジナに助けられて、ふたりは小屋を逃げ出す。アンジェラは妹のカルラ（カトリナ・ドヴェイ／KATRINA DOVEY）をも救い出し、4人で森の中に逃げ込む。あたかも、森の精霊に先導されるかのように逃げる4人。それを追うロジャーと伐採業者たち。
　銃を持って追ってきた伐採業者によってカルラは命を落とすのだが、追ってきた男たちは森の精霊の見つめる中、巨大な蛇によって命を落としていく。そして、森の中を逃げ続けたフランシスたちが行き着いたのは、巨大なラフレシアが群生する空間だった。そして、そのラフレシアのもとには、ひからびた女性の遺体が横たわっていたのだった……。

　巨匠ブリランテ・メンドーサ監督の作品である。だが、そのブリランテ・メンドーサであっても、ビバフィルム製作の映画を撮らなければならないというのが、いまのフィリピン映画界なのだろう。スターシネマが年に2～3本しか映画を撮らなくなった現在、フィリピンにおける映画製作の中心は完全にビバフィルムとなっている。そのビバフィルムが大量生産しているのが、セクシー路線の映画なのである。日本映画の9割が日活ロマンポルノになっているというような状況なのだ。かくして、世界的に評価の高いブリランテ・メンドーサ監督であっても、エロティックなシーンや、セックスシーンが頻繁に出てくる映画を撮らざるをえないということなのだろう。
　だが、さすがはブリランテ・メンドーサ監督である。違法な樹木伐採による自然破壊、人身売買、そしてそうした犯罪行為と結びついた政府高官といったテーマをきっちりと盛り込む。しかも、頻繁にセックスシーンが登場するにしても、そのほとんどは女性の意に沿わぬレイプといったシーンなので、エロティックさよりも嫌悪感しか催さない描き方になっている。監督本人も「ビバフィルムの観客がセックスシーンを求めていることはみんな知っているから、売春というテーマがある。ただ、ヌードやラブシーンなどを見せるために売春を利用したくはありません。視聴者にショックを与えるだけでなく、私たちが批判的思考を持てるようにするためです」と語っており、この描写はかなり意図的なものなのだろう。それよりも、フランシスの夢の中に現れる森の精霊ともいうべき不思議な女性たちがフランシスにまとわりつくシーンが実にエロティックで、こちらの方がはるかに興奮させられる。

　監督のブリランテ・メンドーサ（Brillante Mendoza）は、東京国際映画祭で特集上映が組まれたほどの監督なので、いまさら紹介の必要もないだろう。日本でも劇場公開された『ローサは密告された（Ma' Rosa）』が代表作ということになるのだろうが、監督した作品のほとんどがなんらかの形で日本でも上映されている。後進の育成にも力を入れていて、メンドーサに影響されたスタイルの作品がいくつも生まれている。それでいて、本人の創作意欲が衰えることもなく、2022年には本作を含めて4本の新作が公開されている。
　出演している俳優は、ほとんど自分には覚えのない俳優が中心となっているのだけれど、アンジェラを演じているアンジェリ・カーンだけはビバフィルムがいま力を入れているセクシー女優として注目していた。2021年に『Taya』で映画デビューして、2本目のローレンス・ファハルド監督の『Mahjong Nights』で早くも主役を演じ、2022年には6本の映画に出演している。ちょっとあどけないような可愛らしい顔をしていながら、激しい濡れ場も演じていて、その落差が人気につながっているのだろう。

　ちなみに、ラフレシアの花は、花を咲かすまでに2年かかるが、花が咲いたら約3日で枯れてしまうので、目にすることは非常に難しいとのこと。それゆえ、市長はわざわざガイドをつけて主人公を森の奥深くに送り込んだのだろう。
　なお、映画のタイトルには「実話にインスパイアされた物語」と注釈がついており、本当にあった事件をベースにしているらしい。