2023年に観たフィリピン映画

【An Inconvenient Love】2022年

監督：ピーターセン・ヴァルガス
キャスト：ベル・マリアーノ、ドニー・パンギリナン



　コンビニエンスストアでアルバイトをしながら、プロのアニメーターとしてシンガポールで働くことを目指しているエイエフ（ベル・マリアーノ／Belle Mariano）。兄弟で開業した園芸店を軌道に乗せようとしているマニー（ドニー・パンギリナン／Donny Pangilinan）。そのふたりが偶然出会い、「恋愛は不自由なもの」という共通の思いで意気投合する。次第に互いに好意を持つようになるふたりだったが、エイエフにはシンガポールに渡るという夢があった。そのため、期限を区切り、ルールを定めた付き合いを始めることにするのだが……。

　『彼女に夢中（He's Into Her）』で大ブレイクを果たしたベル・マリアーノとドニー・パンギリナン主演の『Love Is Color Blind』に続く恋愛映画。とにかく、いまいちばん旬のこのふたりの魅力だけで、映画そのものが光り輝いて見える。このふたりの切ない恋愛模様に、フィリピンのファンも夢中になったことだろう。
　実際、この映画の感想をTwitterにあげたところ、タイトルで検索してきたとおぼしきフィリピンのファンの「いいね」がすごい勢いでつき、主演ふたりのファンがいかに多いのかを実感させられた。
　そして、フィリピン映画といえば、家族のドラマで盛り上げて泣かせるというお約束の展開があるわけだが、本作もそこにしっかり力を入れている。
　エイエフの家では、父が自分に向いていないという理由で仕事を辞めてきたりして、夫婦ゲンカが絶えない。しかも、母親はアニメーターとしてシンガポールに行くというエイエフの夢を認めようとはせず、勝手に就職先を探してきたり、シンガポールから届いたメールをすべて削除したりしてしまう。本人はエイエフの将来のためと思ってすることなのだが、エイエフ本人の意向をことごとく否定するのだった。
　マニーのところはさらに複雑な家庭だった。父は血も涙もない非情な実業家として家庭を省みず、そんな父と価値観の合わない母は家を出たのだが、そのあとに家に入った別の女性の産んだ自閉スペクトラム症（ASD）の弟のドブスがいた。マニーはその弟のことを大切にして一緒に園芸店をやっているのだが、父はドブスを認めようとはせず、さらには兄弟が始めた園芸店など時間の無駄だと切り捨て、マニーに自分の会社で仕事の勉強をしろと強制してくる。
　期限付きの恋愛でありながらどんどん本気になっていってしまうふたり。しかも、家族との対立という悩みに翻弄され、どんどん追い詰められていく。しっかり魅せる映画に仕上がっている。
　もちろん、エイエフの両親の和解と母親のエイエフに対する謝罪のシーンではきっちりと泣かせてくれる。このあたりはフィリピン映画は実にうまい。香港映画におけるアクション演出、インド映画におけるダンスシーンのようなもので、フィリピン映画ならではのお得意の演出なのだ。その点、マニーの家族の方は和解に至るまでにはまだ時間がかかりそうで、こちらでの泣かせの場面がなかったのは残念。

　ちなみに、エイエフがK-POPに夢中という設定で、出会ったばかりのマニーに「ボーイフレンドはいるの？」と聞かれて、「結婚しているわ。私のことはミセス・ジョングクと呼んで」と答えるシーンがあって、フィリピンでもK-POPの人気が高い様子がうかがわれて興味深かった。

　監督は話題になったBLドラマ『Hello, Stranger』のピーターセン・ヴァルガス（Petersen Vargas）。本作を観る限りでは、なかなかの演出力の持ち主だ。

　このところ、めっきり製作本数の減ってしまっているスターシネマだけれど、やっぱりスターシネマの映画がフィリピン娯楽映画の本道だなと痛感させられる。もっとコンスタントに映画を作って欲しいものだ。