2022年に観たフィリピン映画

【デリシャス！（Namets!）】2008年

監督：ジェイ・アヴェリョ
キャスト：クリスチャン・バスケス、エンジェル・ジェイコブ




　ネグロス島のバコロド市でイタリアン・レストラン「プッチーニ」を経営するジャッコ（クリスチャン・バスケス／Christian Vasquez）。だが、闘鶏にのめりこんで借金を作ってしまい、その借金のカタに地元の顔役であるドルポ（ペケ・ガリヤガ／Peque Gallaga）にレストランを差し押さえられてしまう。
　だが、レストランを自分のものにしたところでたいしてうまみはないので、ドルポは店を立て直すために経営コンサルタントの女性、キャシー（エンジェル・ジェイコブ／Angel Jacob）を送り込んでくる。ところが、そのキャシーはそのむかし、ジャッコが一方的に捨てた元ガールフレンドだった。てっきりその復讐をされると思って、なんとしてでもキャシーを受け入れようとしないジャッコ。だが、地元の食材を使ったバコロド料理専門店として店を立て直そうとするキャシーに引きずり回されていくうちに、自分の住んでいた地域に素晴らしい料理があったのだと気がつき、さらには祖母が遺したレシピでジャッコも徐々にバコロドの料理に目覚めていくのだった。

　【CROSSCUT ASIA 特別編／｢おいしい｣アジア映画特集】という企画で、料理を題材としたアジア映画がネット配信され、その１本にこの日本未公開のフィリピン映画が入っていた。なんでまた2008年公開という古い映画が選ばれたのかは謎だが、内容はバコロド料理を作るシーン、おいしそうに食べるシーンが満載で、なるほど【「おいしい」アジア映画特集】で上映するにはもってこいの作品と納得させられる。
　正直、ストーリーにはさほどひねりはなく、ジャッコがキャシーと仲直りする展開もそれほど説得力があるというわけではない。極悪であってあたりまえのドルポもけっこう善人だったりするし、キャシーの父親が選挙に立候補を検討している等のエピソードもそれほど効果をあげているわけではない。あるいは、随所に挿入されるストーリーとはまったく無関係ないくつかのエピソードも、いまひとつ意図がよく分からなかったりもする。だけど、善意に満ちた人々が地元の料理を楽しむ様子は、それだけで楽しくなるし、幸せな気分にもさせてくれる。

　この作品は2008年のシネマラヤ映画祭で上映された。このシネマラヤ映画祭では、まず脚本を募集し、応募された脚本の中から10本の作品が選ばれる。そして、その10本の作品に対して製作資金を提供し、その結果撮られた作品が映画祭で上映され、優秀作品が選定される。つまりは、製作資金のない新人監督にとって、千載一遇のチャンスであり、メジャーに進出するための登竜門となっているのである。
　実は、本作は最初の脚本審査で落選してしまっている。ところが、ある日シネマラヤ映画祭事務局から監督に「君の脚本は実は11位だったんだよ。だけど、10位までに入っていたうちのひとりが辞退してきたので、君が繰り上げ当選になった」という電話が入り、大慌てでスタッフをかき集めて作り上げた映画だったのだという。

　監督は本作が2007年の『Ligaw liham』で長編デビューを果たし、本作が2作目となるジェイ・アヴェリョ（Jay Abello）。大阪アジアン映画祭で上映された2018年の『オレンジ・ドレスを着た女（The Girl in the Orange Dress）』が代表作。

　ジャッコを演じているクリスチャン・バスケスは数多くのテレビドラマ、映画に出演している俳優で、僕が観た作品では『Between Maybes』『Momzillas』『Sisterakas』などがあるようだ。
　キャシーを演じているエンジェル・ジェイコブは、『Segunda mano』『Silong』などの映画やテレビドラマに数多く出ていたが、ここ数年は出演作はないようだ。
　そして、驚いたのがドルポを演じていたペケ・ガリヤガ。2020年に亡くなってしまったが、数多くのヒット作を生み出した有名な映画監督なのである。確かに、俳優として出演した映画も少なくはないのだけれど、こうした無名監督の作ったインデペンデント映画に出るとは思わなかった。
　だが、もっと驚いたのが途中に挿入されるエピソードのひとつに、ラヴ・ディアス作品の常連俳優であるロニー・ラザロが出ていたということ。監督と個人的なつながりがあって出たのだろうけれど。
　だが、さらにもっと驚いたのが『牢獄処刑人』のジョエル・トーレが原始人の役で出ていたということ。メーキャップしていて、ジョエル・トーレだとは誰も分からないような出演の仕方なのだ。彼ほどの大物俳優が、なんでまたこんな無名な監督の作るインデペンデント映画に出演したのか、ちょっと不思議な気もするのだけれど、フィリピンのトップクラスの俳優は、脚本さえ気に入ればよくこうやって新人監督の応援のために出演したりもしているようだ。

　ちなみにこの映画はフィリピンの西ビサヤ地方で話されているヒリガイノン語（イロンゴ語）で撮影されている。ネグロスが舞台で、監督もネグロス出身であり、エンジェル・ジェイコブ以外の出演者はすべてネグロス出身者だったということから、地元の言葉であるヒリガイノン語で撮影されたということらしい。

　なお、【CROSSCUT ASIA 特別編／｢おいしい｣アジア映画特集】の関連企画として、ジェイ・アヴェリョ監督をゲストに迎えた「監督オンライントーク」も配信されていて、本作に関する裏話などを楽しむこともできる。
　ジョエル・トーレがネグロス名物のチキンバーベキューのレストランチェーンを経営しているなどという話が出てきたりして、なかなか楽しい。



【監督オンライントーク】