|
フィリピンの映画人：キャシー・ガルシア・モリーナ  フィリピンでは、公的な組織が発表する映画の興収データというものがない。ここ数年分はウィキペディアに毎年の興収ベスト10のリストが載ってはいるものの、メディアに出てきた「●●が大ヒット！ 興収3億ペソを突破！」みたいな記事などをもとに推測して作成したリストなので、かなり大雑把なものというしかない。とはいうものの、他に頼れるデータがまったくないので、こうした情報をもとに2008年以降のフィリピン映画の興収ベスト10のリストを作ってみた（ココ）。古いデータはウィキペディアにもなく、あれこれ検索してなんとか見つけたものを採用している。情報元によっては、数値も順位も異なっていたりするのだけれど、そういったことにはかたはしから目をつむっている。 で、そのリストを作っていてあらためて確認できたのが、女性監督の多さだ。ジョイス・ベルナール、アントワネット・ハダオネ、メイ・クザリナ・クルーズ、オリビア・Ｍ・ラマサンなどなど、女性監督の作品が数多く毎年のベスト10に入っているのだ。ちゃんと確認してはいないのだけれど、もしかするとベスト10にランクインしている作品の半分以上が女性監督の作品なのではないだろうか。 おそらくは、ヒット作の多くが、細やかな感性を要求されるラブロマンスであるということにも由来しているのだろう。ベスト10に入る作品の中には、派手なアクション映画はほとんどなく、ラブロマンス以外ではコメディやホラー映画が若干入っているくらいだ。 そして、そうして活躍している女性監督の中で、飛び抜けてヒット作が多いのがキャシー・ガルシア・モリーナなのである。2008年から2016年までの9年間で、なんと16本もの作品がベスト10にランクインしている。 本名はキャサリン・ロザレス・ガルシア・モリーナ（Catherine Rosales Garcia-Molina）。1971年11月28日生まれ。現在47歳だ。 ウィキペディアなどを見ても、映画監督になるまでの履歴というものはまったく記載がないのだけれど、1990年に『Bikining itim』『Biktima』『Inosente』という映画にチョイ役で出演している。1990年というと、彼女がまだ大学生の時で、アルバイト的な感覚で出ていたのだろうか？ ちなみに、『Biktima』というのは、巨匠リノ・ブロッカ監督の作品で、シャロン・クネタ、クリストファー・デ・レオンといったトップクラスの役者が主演している。強姦魔を題材にしたサスペンス映画らしい。女子大生だったモリーナが演じたのは、なんと強姦の被害者の役であったという。 いずれにせよ、こうして映画界とのつながりのできた彼女は、その後もチョイ役で映画に出たり、雑用として映画にかかわっていくようになるのであるが、1993年には早くも助監督としての仕事を始めている。演じるより、撮る方に興味があったのだろう。 そして、数多くの作品で助監督を務めたのち、2004年に『Bcuz of U』で監督デビューを果たす。3つの物語からなるオムニバス映画で、同じく女流監督として活躍しているメイ・クザリナ・クルーズ、『A Mother's Story』『Edsa Woolworth』といった良質の作品で知られるジョン・Ｄ・ラザティンがそれぞれのパートを担当している。ちなみに、メイ・クザリナ・クルーズにとっても、本作が監督デビュー作品であった。 その後、2006年の『Close to You（ジョン・ロイド・クルーズ＆ベア・アロンゾ主演）』『You Are the One（トニ・ゴンザガ＆サム・ミルビー主演）』、2007年の『You Got Me!（トニ・ゴンザガ＆サム・ミルビー主演）』を経て、『One More Chance（ジョン・ロイド・クルーズ＆ベア・アロンゾ主演）』でそれまでのフィリピン映画の興収記録を塗り替える大ヒットを飛ばすこととなる。 この『One More Chance』、僕などが見るとジョン・ロイド・クルーズのうじうじしたキャラクターが鬱陶しくて「いったい、この映画のどこがいいんだ？」などと思ってしまうのだけれど、どうやらこうした情けない男にフィリピン女性は母性本能をいたくくすぐられてしまうものらしい。アントワネット・ハダオネ監督の『運命というもの（That Thing Called Tadhana）』を観ると、登場人物のひとりがこの映画をながら、シーンに合わせて登場人物のセリフを口にするという場面が出てくる。セリフを覚えるほど繰り返しこの映画を観たということなのだろう。そして、登場人物に感情移入して、まわりの目を気にもせずに号泣してしまう。こうした引用が成り立つほど、この映画は大ヒットしたということなのだろう。2015年には、デジタル・リストア＆リマスター版のスペシャルコレクターズエディションというＤＶＤまでが発売されている。  ※『One More Chance』の頃のモリーナ監督 かくして、モリーナ監督のヒットメイカーとしての大活躍が始まることとなる。 翌2008年には、『A Very Special Love』『My Only Ü』という2本の作品を撮り、2本とも興収ベスト10にランクイン。しかも、ジョン・ロイド・クルーズ＆サラ・ヘロニモ主演の『A Very Special Love』の方は年間第1位の大ヒットだ。 2009年に撮った映画は『You Changed My Life』だけなのだけれど、これまた年間第1位の大ヒット。主演はこれまたジョン・ロイド・クルーズ＆サラ・ヘロニモ。 実はこの2009年に、モリーナ監督は交通事故で配偶者と死別をしているのだが。 2010年は、ジョン・ロイド・クルーズ＆トニ・ゴンザガ主演の『My Amnesia Girl』が年間第1位、ジョン・ロイド・クルーズ＆ベア・アロンゾ主演の『Miss You Like Crazy』が年間第2位と、むかうところ敵無し状態。 しかし、こうしてヒット作をピックアップしていくと、どれもこれもジョン・ロイド・クルーズ主演で、女優がサラ・ヘロニモ、ベア・アロンゾ、トニ・ゴンザガばっかりだということに、いやでも気付かされてしまう。この時期のモリーナ監督、ひたすらジョン・ロイド・クルーズ主演の大人の恋愛映画を撮っては、それをかたはしからヒットさせていたということなのだ。 ただし、こうした状況は2011年から大きく変わることとなる。2011年からは、ウェン・Ｖ・デラマス監督＆ヴァイス・ガンダ主演のコメディがずっと年間第1位の地位を独占し続けることとなるのだ。残念ながらデラマス監督は2016年に49歳という若さで亡くなるのだが、デラマス監督＆ヴァイス・ガンダ主演によるコメディ路線はジョイス・ベルナール監督に引き継がれ、2016年、2017年もヴァイス・ガンダ主演のコメディ映画が年間ヒット第1位の座に居座り続ける。フィリピンの人々にとって、クリスマスシーズンにはヴァイス・ガンダ主演のコメディを観るという行動が、お約束のように定着してしまっているのだろう。 だが、その間も、モリーナ監督の作品は着実にベスト10に入り続けていた。 2014年にはキャスリン・ベルナルド＆ダニエル・パディーリア主演の『She's Dating the Gangster』を公開。それまでは、ジョン・ロイド・クルーズを起用した大人のラブストーリーが多かったのだけれど、ここで初めて若者を主人公にした青春映画に挑戦してみごとに成功をおさめる。 かと思うと2015年には『One More Chance』の続編『A Second Chance』を監督して、またしてもフィリピン映画の興収記録を塗り替える大ヒットを飛ばす。ただし、その記録は速攻でウェン・Ｖ・デラマス監督＆ヴァイス・ガンダ主演の『Beauty and the Bestie』に塗り替えられてしまうのだけれど。 翌2016年にはまたしてもジョン・ロイド・クルーズ主演の『Just the 3 of Us』で相変わらずベスト10内にランクインし続けているのだけれど、注目すべきは2017年だ。この年、モリーナ監督は『My Ex and Whys』『Seven Sundays』『Unexpectedly Yours』という3本の作品を発表し、3本ともベスト10内に送り込んでいる。 『My Ex and Whys』は、ライザ・ソベラノ＆エンリケ・ヒル主演の青春映画で、『She's Dating the Gangster』の延長線上の作品ということができよう。大人の恋愛映画だけではなく、若者を主人公したこの手のジャンルにも、モリーナ監督は手堅い手腕を発揮している。  ※『My Ex and Whys』の撮影現場の様子 しかし、本当に注目すべきは『Seven Sundays』『Unexpectedly Yours』の2本だ。モリーナ監督はこの2本で、いわゆるベタベタのラブロマンスから離れて、人生を描くことに主軸を移してきたのだ。とりわけ、家族の情愛を丁寧に描いた『Seven Sundays』が素晴らしい。 ある意味、ジョン・ロイド・クルーズ主演の恋愛映画というのは、それなりにパターン化された作品であっただろう。そして、そのパターン化された作品を仕上げる手腕がとてつもなくみごとだったのが、モリーナ監督だったのだろうと思う。映画会社としても、確実にヒットさせるために、このパターンの作品をモリーナ監督に求めてきたのだろう。 だが、そのパターンからモリーナ監督は抜け出して行く。もちろん、ヒット作を求める映画会社の要求で、これからだって従来通りの大人の恋愛映画も撮るのだろう。しかし、それだけではない作品にも世界を広げてきているのだ。 2018年には、キャスリン・ベルナルド＆ダニエル・パディーリア主演の『The Hows of Us』で、久しぶりにヴァイス・ガンダ主演のコメディを追い越す大ヒットを飛ばす。若者と呼ぶほど若くはないが、大人と呼ぶほど落ち着いているわけではない微妙な年齢の恋愛模様を、丁寧にしっとりと描きあげており、さすがはモリーナ監督と感心させられる。 だが、より注目すべきは、年間9位のヒットとなった『My Perfect You』だろう。ジェラルド・アンダーソン＆ピア・ワルツバッグ主演のこの作品は、パターン化された恋愛映画という概念からとてつもなくかけ離れた作品だったのだ。美しい自然に囲まれたリゾートを舞台にした大人の恋愛映画と思わせておいて、途中ですべてをひっくり返してしまうのである。モリーナ監督がそれまで培ってきた恋愛映画のテクニックを全力で投入して、ふたりの恋愛模様を丁寧に丁寧に描いていく。その物語に観客がどっぷりと浸っている酔いしれている最中に、突如としてそこまでの描写のすべてをなかったことにしてしまうという、驚愕の作品なのである。 これには心底驚かされたが、モリーナ監督でなければ、これほどのレベルで観客に衝撃を与える作品とはならなかっただろう。 現在公開を控えているのは、キャスリン・ベルナルド＆アルデン・リチャード主演の『Hello, Love, Goodbye』。香港を舞台にした作品という意味でもすごく楽しみなのだけれど、キャスリン・ベルナルドが久しぶりにダニエル・パディーリア以外の俳優とタッグを組んでいる作品という意味でもとても楽しみなのだ。なにしろ、2012年の『24/7 in Love』以来ずっと、映画でもテレビでもキャスリン・ベルナルドはダニエル・パディーリアと共演し続けていたのだから。こうした定型パターンを崩すところに、いまのモリーナ監督の面白さがあるように思われてならない。 まだまだ目を離せない監督なのである。 （2019年7月） 【キャシー・ガルシア・モリーナ監督作品】（劇場用長編映画のみ）
※ジョン・ロイド・クルーズの出ている作品は2016年まででなんと11本。ところが、2017年以降は0本で、多様な役者を起用するようになるのだけれど、最新作3本はいずれもキャスリン・ベルナルドを起用している。 ※表中のジャンルは、IMDBに掲載されていたジャンルで、厳密な基準があるわけではないのだけれど、ほぼ全作品が「コメディ」「ドラマ」「ロマンス」に分類されている。
|
