『フル・スロットル』

香港映画というと、殴ったり蹴ったり銃を撃ちまくったり、そんなＢ級アクション映画ばかりだと思っている人がけっこう多いことだろう。だけど、そういうイメージで今の香港映画に接すると、果てしなく戸惑ってしまうことになる。香港ではここ数年、しっかりした脚本をもとに良質の映画を作ろうという気運が高まった結果、非アクション系で素晴らしい作品が数多く生まれてきているのだ。 　本作は、そうした流れの中から生まれてきた。 　バイクで誰よりも速く走ることを生きがいとする若者、ジョー。彼はプロのレーサーを目指すがライセンスが発行されず、やむなく夜の街を走り続けている。だがある時、事故を起こして瀕死の重傷を負い、速く走ることに対する恐怖感が彼にとりついてしまう……。 　ま、はっきり言ってよくある設定です。従来の香港映画であれば、派手な公道レースの場面をメインに据えて、薄っぺらな人間模様を描くだけで終わってしまうような題材だ。 　ところが、監督のイー・トンシンは、ジョーと彼を取り巻く人々のさまざまな感情の軋轢を丁寧に描くことで、本作を厚みのある作品に仕上げている。修復しがたいまでに仲のこじれてしまった父親との衝突。事故におびえ、バイクから手を引いてほしいと願う恋人。内心の恐怖感を克服することで再生しようとするジョーの苦悩。そうしたもろもろの感情を、バイクという素材を通して見事に描いてみせているのだ。 　主演は四大天王と呼ばれる人気スターのひとり、アンディ・ラウ。やたらと主演作の多いアンディだが、本作は間違いなく彼の代表作ということができよう。

1995年／ビデオ＝ポニーキャニオン、16000円